東北有数の清流・最上小国川(もがみおぐにがわ)。山形県とダム建設に慎重の姿勢をとる地元の小国川漁業協同組合(組合員1100人)との間で、ダム建設を巡って対立が続いている。反対派の先頭に立ってきた組合長が今年2月に自殺。県側は、漁協が求める「ダムによらない治水を検討してほしい」との要望を一蹴し、漁協が要望するダム建設に反対する有識者、専門家の協議への参加も拒否。県側が強引に押し切る形で、ダム建設推進に大勢が傾こうとしている。
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推進派、慎重派が対立する中で、周辺工事が始まる
東北一の清流とも言われ、アユ釣りを目的に年間3万人もの客が訪れる最上川の支流・小国川。まだ山肌に残雪が残る現地を訪れた。ダム建設予定地に向かう道すがら車を降りて周囲を眺めると、山間に沿っていくつも小さな支流が注ぐ自然豊かな美しい渓谷が望める。
4月中旬にもかかわらず、ところどころに残雪が残り、東北の山里らしいぴりっとした肌寒さを感じる冷気、そして清らかな空気、川に近づくとさらさらと静かに流れる水の音がここち良い。しかし、山道を上るにつれ、ところどころに道路脇に建設重機が目に入るようになり、工事が始まっている様子がうかがわれる。12年に工事用道路、昨年暮れには排水路、ダムサイトにポールを打ち込む工事など周辺工事が始まり、まさに本体工事に着工したかの様相だ。
「環境に優しいダム」に異議続々
最上小国川に建設が計画されているダムは高さ41メートル、幅174メートルの穴あきダムで、総事業費70億円のうち半額を国が補助する。人の背丈ほどの穴が空いており、洪水時にのみ水量を絞ることができる構造のため、「川をせきとめず、環境に優しい」「河川改修に比べ安い」と謳う。
しかし、「環境に優しい穴あきダム」について、最新型の穴あきダムといわれる島根県の益田川ダム、石川県の辰巳ダムの視察を行った草島進一県議会議員は、自身のブログで「益田川ダムのある益田川は、工場廃液が流れ込む川で漁業権はない。また、辰巳ダムがある犀川は上流部に大型の犀川ダムがあり、すでに天然河川の様相もなかった。ダムのない、年1億3000万円もの鮎漁獲高を持つ天然河川に、穴あきダムが造られるのは小国川が初めてのこと」と述べている。
小国川漁協が危惧するのは、ダムのない清流・小国川のイメージを損なうことや遊魚者の減少だ。また、学識者や専門家らは、たまった泥が川下に流れることによる水質の濁りや、洪水により川底が洗われ、アユの産卵に好ましい状況が生まれるといったことなどから、ダムの存在はアユの生存にとって望ましくないという見解を示しており、ダム建設推進派、ダムによらない治水対策を求める慎重派の議論は平行線が続いている。
ダム建設の目的は20数件の温泉宿の治水対策
ダム建設の目的に掲げるのは、洪水時に河川氾濫により被害の恐れがある河川流域にある赤倉温泉の治水対策だ。小国川に沿ってしばらく車を走らせると赤倉温泉がある。「ふだんは水を流す穴開きダムの構造から見ても、このダムの目的は治水しかない。しかし、温泉街全体で20数軒の治水対策に巨費を投じダムを建設するのはいかがなものだろうか。特に危険性の高い川岸にある9軒はセットバックや1メートル40センチかさ上げするか川底を掘る、あるいは、防波堤を作るなどの対策をとれば、安全性を保てる上、費用的に安く済むと考える。しかし、県では『すでに結論は出ている』として、ダムによらない治水は議論の俎上にものぼらない」と関係者は言う。
ダム建設慎重派の漁協の前組合長が自殺
小国川漁協の故・沼沢組合長は生前の昨年10月、「漁協はなにがなんでもダム反対ということではなく、ダムによらない治水もあるので、比較・検討することを県に提案してきた。しかし、県はこうした意見に聞く耳を持たず、まずダム建設ありきだった」と表情を曇らせた。
両者の攻防がヒートアップしたのは昨年暮れのこと。山形県は、県内内水面の漁業権を更新する許認可を担っているが、更新時期が迫った昨年暮れ、県が漁協に突きつけたのは、漁業権付与の条件に「公益上必要な行為への配慮」を新たに設け、「配慮する」という「担保」と引き換えに、漁業権を付与するというものだった。
前出の沼沢組合長は「担保とは具体的に何かと県に尋ねると、『それは自分で考えてください』という返答だった」と話し、途方に暮れている様子だった。「県側が示した公益性の配慮とは、ダム建設を妨げないという意思の表明。それがなければ漁協に免許を更新しないという脅しだった」とある関係者は言う。
漁業権の更新ができないことになれば、漁協に加盟する1100人の組合員が生活の糧を失うだけに、沼沢組合長は悩んでいたという。1月28日に1回目の協議が行われ、2回目となる2月10日、自らの命を絶った。
県 漁業権を楯に建設容認を迫る?
組合長を知る人は、「孫子の代まで小国川の自然を残したいというのが口癖だった。信念を貫く人で、組合員からの人望も厚かった。責任感が強い人だったので、自分がいなくなればどういう状況になるかは分かっていたはず。それだけに自殺は信じられない」と肩を落とす。
公益性の配慮という点について、「県は治水対策を目的にしたダム建設に公益性はあると言っているが、漁協が行ってきた漁場の管理、アユの稚魚放流など中間育成事業も公益性の高い仕事であるはず」との意見も続々上がり、「県のやり方はおかしい」と非難の声が上がっている。
前出・草島県議は、「今、漁協に対して行っているのは、ダム建設を迫る協議でしかない。昨年末に約束した協議はダムに依らない治水、ダム治水を併せてしっかり検討を行う調査であり、ダムありきの協議ではない。その協議にはダムに依らない科学者を同席させることを求めていきたい」と語る。
有識者、専門家のシンポジウム参加を県は改めて拒否
こうした中で、漁協はダム案、ダムによらない治水双方について専門家が討論するシンポジウムを県側に提案。記者会見で意見を問われた吉村山形県知事は4月14日、「これまで十分に議論されてきたことであり、交渉に振り出しに戻すことはできない」として、シンポジウムに有識者を参加させる提案を改めて拒否する姿勢を示した。
小国川に訪れる釣り客による経済効果は年間21億8000万円に及ぶという試算もあり、長期的見れば、ダム建設投資は新しい価値を生みださず、経済損失にもなる可能性があるとの指摘もある。
まとめ
一人の尊い命が失われているのにもかかわらず、反省もなく協議を続行する県の姿勢を非難する声もある。5月中旬、沼沢組合長の追悼集会も行われる予定だ。ダム建設計画の発端から30年近くが経過し、地域の情勢、環境への考え方も大きく変化している。今一度、有識者を交えて議論することは地域の未来にとって無駄にはならないだろう。