石油に依存しない暮らしを目指す草の根・市民活動「トランジション」。見直される「お互い様」という生き方 <地球環境問題 コミュニティーからの挑戦(前編)>

 地域でゆるくつながって、自分ができることをする

芸術の街らしく、町の所々に設置した再生可能エネルギーの充電スタンドは自然なオブジェとして景観に溶け込んでいる。
藤野(神奈川県)では町の所々に再生可能エネルギーの充電スタンドが設置されている。芸術の街らしくオブジェとしてアレンジされ、景観に溶け込んでいる。

石油に依存しない暮らしを目指す草の根の市民活動として2005年にイギリスで誕生した「トランジション(移行・脱依存)」。現在、世界43カ国、1000を超える地域でトランジション・タウンが生まれ、日本でも約50カ所で活動が行われている。「50年後、100年後の未来を考えて行動することは、一人では難しいけれどみんなと一緒ならできるかも」「できることからやってみる」。そんな取り組みやすさが共感を呼び、活動の輪が広がっている。

国内の草分け的存在 トランジション藤野

トランジション・タウンは、石油依存や、大量消費の生活から持続可能な生き方にトランジット(移行・脱依存)していこうという思う人たちが集うコミュニティー。その中で「一人ひとりができることをしていくこと」を基本として、同じ志向の仲間が地域の中でゆるくつながり、様々な活動に取り組んでいる。

外部の見学者向けに行われるツアーには、環境問題を学んでいる大学生、仕事に役立てたいという会社員まで様々な立場の人が参加する。
外部の見学者向けに行われるツアーには、環境問題を学んでいる大学生、仕事の役に立てたいという会社員まで様々な立場の人が参加する。

トランジション藤野は2008年、国内におけるトランジットの広がりにパイオニア的な役割を果たした榎本英剛氏が、友人3人と藤野に移住してスタートしたのが始まりで、草分け的な存在だ。神奈川県の藤野は都心から電車で約1時間、同県の水源地・相模湖や、森など豊かな自然が広がる。人口約1万人で、戦時中に疎開画家が移り住んだり、芸術の街として街起こしをされた経緯もあり、芸術家が多く活動するほか、近年は自然志向の高い人が移り住むようになった。

トランジションを仕事のヒントにしようと考える人もいる。藤野に移り住んで半年という野口正明さんは、外資系企業に勤める経営コンサルタントで、今も月に数回、片道2時間以上かけて都内に通勤する会社員だ。トランジションに参加した動機は、「ここでは大雪に見舞われれば、誰彼となく自然に助け合う。こうした個人の自発性こそ、今、企業経営に求められていること。仕事のヒントになると思ったのがきっかけだった」と話す。この他、「トランジション藤野の活動に魅力を感じた」「子どもが学校に入学した」「農業をしたかった」など、参加の理由は人それぞれだ。

地域通貨「萬(よろづ)」は300人が利用

現在、コアメンバーは20人ほど。当初、映画の上映会、保存食づくりなどを単発的に行ってきたが、現在はお百姓クラブ(食の自給自足)、藤野電力(自然エネルギーの自給)、森部(新しい森の文化発信)など活動の幅が広がっている。

地域通貨「萬」で使う通帳。利用者は300人までに増えた。
地域通貨「萬」で使う通帳。利用者は300人までに増えた。

2010年からは現在、利用者が300人に広がっている地域通貨「萬(よろづ)」を始めた。「萬」は、地域内で使える「お金」。例えば、パソコンを教えてあげる代わりに、野菜をもらうといったように、サービスを受けたら、自分のできることでお返しするといった形で使う。藤野地域通貨「よろづ屋」の目安は1萬=1円で、紙幣ではなく「通帳」を介して行われる。メンバー間で通帳と情報(出来ること、して欲しいこと、連絡先など)を共有して、一対一で取引する。何かをしたときはプラスを、してもらったときはマイナスを書き込み、お互いにサインする。取引例は車の送迎、料理を作るなど様々。例えば、ブログで「よろづでヘアカット」という記事を見た人ができる人に連絡を取る。自宅まで来てもらい、小学生の娘、父、母の前髪をカットしてもらい、3000萬と夕食で取引成立といった感じだ。

「よろづ屋」は「0萬」からスタートするので、メンバー同士の萬の合計は必ず「ゼロ」になり、何も行わなければ「ゼロ」のまま。たくさん取引が起こればそれだけ価値が生まれたことになるが、その価値とは単に物やエネルギーだけでなく、人々の間に「絆」が生まれるのもユニークなところだ。

参加する全員に役割がある

地域通貨により、住民のつながりが生まれ、住民に何が求められているか分かるようになった。
住民のつながりが生まれるとともに、住民から何が求められているか分かるのも地域通貨の良さだ。

「お互い様」という関係、「誰も、のけものにしない」というのもトランジションの魅力

「何も自分はできないと思っている人でも、誰かが旅行にでかけるときに、庭の水撒きなどを代行できる。『これはできないけど、これはできる』とやり取りを交わすことで、地域の人のつながりができるとともに、これが欲しいというニーズがあるのが分かってくるし、それなら自分達で作ろうとみんなで協力して取り組むこともできる。地域通貨は人と人がつながって使える、そんなお互いさまのお金です。『マイナスばかりが貯まってしまい、追い目に感じる』という人もいますが、そういう人には誰かがそれだけ役に立ったということで、『いいことをしたんですよ』と言っています」と事務局の担当者は笑う。

地域、そしてそこで暮らす人たちの関係を大事にしながら、それぞれの個性も大事にする。そんなゆるいつながりが、トランジション・タウンの特長だ。「会社と往復するだけの忙しい毎日。このままの生き方でよいのか、自分を見つめ直したかった」など、仕事や、自分の人生やライフスタイルをどう考えるべきかなど、将来へのヒントにしたいという人もいる。

都内でOLをしていた女性は、「冬場、雪がたくさん積もって怖かったが、近所の人が声をかけてくれたので安心した。都内に暮らしていたときは、仕事を中心にして住む場所を決めるという感じだったが、(藤野に来てからは)何を最優先に考えるか選択や判断の基準が変わった」と言う。

「生きるのが楽しくなった」「人の役に立てるのがうれしい」という参加者の言葉は印象的だ。かつて田舎の濃密な人間関係を嫌い、多くの若者が都会へと移り住んでいった。そして、便利な都会暮らしの一方で、流される日々、人間関係が希薄になり、多くの人がこのままでいいのかと疑問を感じている。トランジション活動には、それぞれの人が抱える疑問や悩み、生き方”を見つけるヒントがあるようだ。(ライター 橋本滋)【次回に続く】