地域で生まれる持続可能への取り組みの芽。気軽に、楽しみながらが長続きの秘訣<地球環境問題 コミュニティーからの挑戦(後編)>

個人でできる地球環境問題 取り組みの輪が広がる

毎年、行われるひかり祭りで使う電力はすべて再生可能エネルギーでまかなっている。(出展:「日本のトランジションタウン事例集」DVDより)
毎年、行われるひかり祭り(藤野)で使う電力はすべて再生可能エネルギーでまかなっている。(出展:「日本のトランジションタウン事例集」DVDより)

気候変動など山積する地球環境問題に、世界の国々は有効な解決策を打ち出せない。一方、原発問題や経済環境は厳しさを増し、貧富の格差も広がる。石油依存や、巨大な経済システムの中から抜け出すのは容易ではない。そんな状況の中でひとつの解決策を導き出す手法として、トランジション(移行・脱依存)の活動が注目されている

壮大なスケールの社会実験

トランジション・タウンは2005年、イギリスのトットネスという町で脱石油社会へ移行していくための草の根運動として始まった現代は大規模農業を目指す動きが主流だが、この対極として1970年代にパーマネント(permanent)とアグリカルチャー(agriculture)を組み合わせ、「永続する農業」という意味の造語「パーマカルチャー」が生まれた。トランジションは、この概念が基本となっている。

神奈川県・藤野は、パーマカルチャーや自然と暮らしに関わる市民活動も盛ん。
神奈川県・藤野は、パーマカルチャーや自然と暮らしをテーマにする市民活動も盛んだ。

元々パーマカルチャーや自然建築の教師をしていたトランジション・タウン創始者のロブ・ホプキンスさんは、気候変動、エネルギーなどの地球環境問題、厳しい経済環境など様々な困難な課題に対して、「パーマカルチャーやエネルギーを自給する試みの中にヒントが隠れているのではないか」と考えた。この発想を原点として「地域にある資源を生かし、その可能性を最大限引き出す」「足もとにある豊かさを認識する」「人とのつながりを大切しながら、楽しく生きる」「想像力を発揮し、とにかくやってみる」といった具体的な活動に広がっていった。

「トランジションは壮大なスケールの社会実験。うまく行くかは分からない。でも、確信しているのは、政府がやってくれるのを待っていたのでは間に合わないということ。個人として行動していては小さすぎる。しかし、コミュニティーとして行動すれば十分な規模で、しかも間に合うかもしれない」と前出のロブ・ホプキンスさんは語っている。(DVD In Transition2.0より)

食、エネルギーの自給など幅広い活動を展開

神奈川県の藤野で活動するトランジション藤野にもその考えが引き継がれ、ワーキンググループと呼ぶ数人単位のチームで活動している。持続可能な食と農の在り方を模索する「お百姓クラブ」は、食の自給自足、自然の循環を生かした農法、在来種・固定種の継承などに取り組んでいる。また、森に生かされてきた日本人の文化を再認識しようと活動を行っているのが「森部」。女性や子どもなども気軽に参加できる「皮むき間伐」などを中心に、山と人との接点を蘇らせる活動に取り組む。

再生可能エネルギー発電を希望する人向けにシステム組み立てのワークショップを開催(日本のトランジションタウン事例集」DVDより)
再生可能エネルギー発電を希望する人向けにシステム組み立てのワークショップを開催(日本のトランジションタウン事例集」DVDより)

また、「藤野電力」は大企業に頼り切っていたエネルギーを自分たちで作ろうと、自然や里山の資源を見直し、自立分散型の自然エネルギーを進めている。再生可能エネルギーの発電システム組み立てワークショップを開催したり、藤野地域で発電設備などの施工にも取り組む。毎年、開催するひかり祭りでコンサートなどに使う電気は、すべて再生可能エネルギーでまかなっている。

藤野での生活には車が欠かせないが、「将来的には石油依存から脱却する」との考えから、電動アシスト自転車や電動スクーターも導入した。また、電気が充電できるようにと現在5カ所に再生可エネルギーで作った電気の充電ステーションを設置済みで、今後も増やしていく考えだ。この他、「内なるトランジション」をテーマに行き過ぎた消費主義、競争主義の背景にある不安やトラウマ、自分自身を見つめるなど心や内面へのアプローチや、「健康・医療」に取り組むワーキンググループもある。

取り組むテーマは様々。地域の魅力を発掘

現在、国内では50カ所のトランジションが活動しているが、その活動内容は様々なテーマに及ぶ。何をするか、こうしなければいないという決まりやルールはなく、各々のトランジションに委ねられている。その地域の特性に応じて、子育て、農業、マーケットなど取り組むテーマは様々。

藤野ひかり祭りには5000人が訪れる。年々、規模が大きくなってきている。
昨年のひかり祭りには5000人が訪れた。年々、規模が大きくなってきている。(撮影:梶間陽一)

「おいしいや嬉しい、楽しいといった活動であれば、人は集まりやすいですね。『お正月に餅を食べたい、それなら自分たちでもち米から作ってみよう』という話が出たので今年は、陸稲(おかぼ)の栽培に挑戦しています。また、メンバーは都内に勤めている人も多いが、藤野で働きたいという声もある。そこで、『こんなことで困っている』『こういう仕事ができる』という人を結ぶハローワークのような仕組みづくりも進めています。地域の声を聞くことで何が求められるのかが分かる。『できるかどうかは分からないが、とりあえずやってみる』というのがトランジションの基本的なスタンスです。そして、それが確実に地域力を上げ、きっと大きな問題も解決できるようになると考えています。こうなりたいという未来を描いて、創造力を働かすこと、楽しみながら活動していくことを大事にしています」とトランジション藤野の小山宮佳江さんは言う。

「個人では小さすぎるが、コミュニティーとして行動すれば十分な規模で、しかも間に合うかもしれない」という創始者ロブ・ホプキンスさんの想いは共感を集め、トランジションの活動は瞬く間に世界43カ国、1000を超える地域で行われる活動に拡大した。

人類は多くの自然を壊しながら、経済的な繁栄を築いてきたが、そこで失うものも大きいということに一部の人々は気づき始めた。トランジションの活動を行いながら、本来の自分を取り戻したり、人とのつながりの大切さに気づいた人がいる。そして、コミュニティーでの活動も少しずつ成果が出始めている。地域で自分たちができる範囲で地球環境問題に取り組む人々、行動しようという人々の輪は着実に広がろうとしている。(ライター 橋本滋)