反原発、地球環境問題を訴え続ける
津軽海峡に面する青森県・下北半島の北端で、建設中の大間原子力発電所(大間原発)の炉心からわずか300メートルにある唯一の民家があさこはうす(青森県下北郡大間町)。過去には地権者があさこはうすを含めた建設予定地の買収を拒んだことで、大間原発は建設地を移動せざる得なくなったこともある。母の代から30年、用地買収に応じなかったのは、「自然を壊したくない、失いたくない」という反原発、地球環境問題への想いだ。
推進側からは「2年待てば、大間は動く」との声も
大間のマグロで知られる青森県の大間町は、人口6000人で漁業が主産業の小さな街だ。その一方で、国からの交付金で公共施設、病院などが建設され、流れ込んだ原発マネーは400億円以上とも言われ、住民の一割が原発関連の仕事に従事する原発城下町でもある。
原発の使用済み核燃料を再処理することでできるのが「プルトニウム」。日本は4000発の核爆弾を製造できるだけのプルトニウムを備蓄するプルトニウム超大国とも言われる。大間原発は2008年5月、そのプルトニウムを再び原子炉で利用するプルサーマル計画の一部として着工。プルトニウムとウランを混ぜた燃料(MOX燃料)を100%使う「フルMOX原発」である。MOX燃料は放射線量が高く毒性が強い上、敷地内、及び周辺には活断層の存在が指摘される大間原発は、“国内有数の危険度が高い原発”で、事故が起きたときの被害の大きさは福島原発事故の比ではないとも言われる。
福島第一原発の事故などを契機にいったん、中断されていたが前政権下で工事が再開。この決定に対し30キロ圏内に一部が含まれる対岸の北海道・函館市は猛反発し、今年4月、Jパワー(電源開発・東京都中央区)と国を相手取り、建設差し止めと、原子炉設置許可の無効確認を求める訴えを起こした。
1984年の大間原発建設決議以来、原発容認という空気が街全体を包む中、小笠原厚子さんの母・熊谷あさ子さんは、提示された巨額の用地買収にも首を縦に振ることなく2006年、68歳で逝去。大間原発阻止の遺志は、娘の小笠原厚子さんにより引き継がれている。
原発と地球環境問題の解決は相反
熊谷あさ子さんと小笠原さんが建設したログハウスの「あさこはうす」は、大間原発の炉心からわずか300メートルの位置にある唯一の民家だ。国道からあさこはうすまでの道路はJパワーから提供されており、フェンス、鉄条網で仕切られた道を15分ほど歩くと到着する。家主である小笠原さんの自宅は、北海道の北斗市にあるが、使用されていないと道路が閉鎖される可能性もあるため、定期的に訪れる必要があるという。
現在の状況について、「フェンスの内側に残土が積み上げられ、内部(原発施設)が見えにくくなってきている。また、原子炉メーカーが地元の人たちに『あと2年待てば原発は動くから待っていろ』と言っている声も伝わってくる。その一方で同窓会に登壇した同級生が皆の前で『(私のことを)応援している』と言ってくれた。公の場でこうした意見が出るのはこれまでにないことで、とても勇気づけられた」と小笠原さんは話す。
あさこはうすの電気は現在、太陽光設備と風力発電設備でまかなっている。「住めるようにするのが目標」で、アイガモ、鶏、犬などの動物が増えている他、以前から工事を進めていた台所も完成しつつある。小笠原さんはログハウスを続ける理由について、「自然、環境を守りながら子どもたちが安心して遊べる場所にしたい。そして、全国で脱原発に取り組む人たちともつながって想いをひとつにしていきたい。守りたい、失いたくないという気持ちで、これからもがんばっていく」と語る。
一方、水の確保、資金面など悩みは少なくない。水については、井戸を掘ろうと地元のボーリング会社に相談したが、一年以上もなしのつぶてという。街全体が原発容認の空気で包まれる中、何かひとつ事を前に進めるのも容易ではないようだ。また、生活用水については雨水を溜めたりしてしのぎ、飲料水は宅配便や郵便で送っている。「ここで生活をするとどれだけ水が必要なのか、ふだんどれだけ多くの物を捨てているかよく分かる」と言う。トイレも老朽化が進み、建て替えが必要になるなど資金面も悩みだ。
本人が知らない応援プロジェクトに困惑も
全国から寄せられる寄付は活動の大きな支えだ。「ただ寄付してもらうだけでは心苦しい」という気持ちと、あさこはうすに通じる道に人が通らないと封鎖される心配があるため、代わりに郵便局に行ってもらおうと始まった活動が「あさこはうすゆうびん」。葉書5枚が1000円で、「あさこはうすを応援しよう」というメッセージと寄付を送る目的を兼ねている。
小笠原さんは活動をより多くの人に知ってもらおうとの目的で各地で講演を行っているが、訪れる旅費も基本的に自費だ。講演に訪れた会場で手づくりのイカめしをはじめ、漁でとれた海産品を持参し、訪れた人に販売し資金にあてている。そこまでするのは、反原発と自然を守るという地球環境問題を多くの人に知ってもらいたいからだ。
一方で「あさこはうすの活動を応援しよう」と支援を名目にした寄付、便乗的な活動も悩みの種。実態が不透明だったり、許可を得ていなかったりするケースで、寄付や、応援プロジェクトなど本人の知らないところで立ち上がっているものも少なくないという。
そのひとつがネット上で展開される応援プロジェクト。いつの間にかあさこはうすゆうびんでなく、「普通の葉書を送ろう」にすり替わったホームページが立ち上がっていたという。「当方がその活動を把握しておらず驚きました」。また、「ある団体の募金活動を通じて(寄付金を)送りましたという連絡がきても、実際には届いていないことがありました。寄付してくれた方の気持ちが届いていないのなら申し訳ないです」とも。
あさこはうすの活動は、現在、小笠原さんとその娘さんが行っており、寄付の窓口も本人名義の口座のみで、それ以外の寄付、応援プロジェクトなどの名称がつくものには携わっていないという。これらの事例について残念としながらも「反原発や地球環境問題に対する想いは同じだと思う」と語り、複雑な心境をのぞかせた。
逆風の中で母の代から30年にわたり、原発阻止に孤独な戦いを続けてきた小笠原さんの活動は、各地で注目を集めている。小笠原さんは8月、神奈川県の川崎市で「お話し会」を開き、反原発や地球環境問題への想い、現状や課題などについて語った。この日、お話し会に訪れた人たちからも「井戸掘りに協力したい」といった申し出や、「事務局を作ってはどうか」といった意見が相次いだ。
「あさこはうす」は反原発、地球環境問題の象徴的な存在として賛同の声は広がっているが、個人活動の限界や課題も少なくなく、支援の広がりが期待される。しかし、応援するつもりであっても、方法によっては逆に迷惑になる可能性もある。支援の在り方については知恵が求められそうだ。(ライター 橋本滋)